「嫌なことを拾ってくれるエンジニア」で終わらないためのキャリア戦略。エス・エム・エスの技術責任者たなべすなおのキャリアパス


介護や医療、ヘルスケア、シニアライフなどの領域で高齢社会の情報インフラを構築している株式会社エス・エム・エスで技術責任者として活躍されているたなべすなおさん。たなべさんはエンジニアとしてどういった志向を持ち、どんなキャリアを歩んできたのでしょうか。じっくりお話を伺いました。

プロフィール|たなべすなお 氏

株式会社エス・エム・エスで開発組織づくりをしているプログラマ。
関心領域は問題解決とうまくいくソフトウェア開発の実践、再現性のある事業のつくり方。戦略と経営に関心を持ち外資生保のSEをしていたが、アジャイルと Ruby に出会って宗旨変え。Web でサービスをつくり育てるキャリアを歩む。
2011年9月、DeNAへ入社。開発環境整備やCIの導入など技術支援をするチームの立上げ、Mobage や新規サービスの開発を支える。後半は SET/SWET として自動化や開発者テストに取り組む。
2015年2月に株式会社エス・エム・エスへ入社。技術責任者として開発組織の構築や開発基盤の整備をリードし、ビジネスモデルの構築が得意な事業会社に技術を新しい武器として加える活動をしている。

SIerのファーストキャリアから、さらに上流を目指して外資ユーザー企業に

―まずはご自身のキャリアについてお聞かせください。文系からSlerに入ったんですよね?

就職については戦略コンサルをしていた叔父の影響が大きいですね。すごく楽しそうに仕事をしていたので、「自分も同じように楽しく仕事したい」、「まずはエンジニアとして経験を積んで、プロマネやITコンサル、そして戦略コンサルをやってみたい」と考えるようになりました。

学生時代に掲示板を起ち上げたりしていて、Web も好きだったこともあり、早稲田の教育学部を中退して小さなSlerに入社しました。

ただ実際に入ってみると、三次請け・四次請けの官公庁向けの仕事がほとんど。クライアントの顔は見えず、仕事としての全体感もつかめませんでした。同時にもっと上流工程に行かないとスキルアップできないとも思っていたので、外資生命保険会社にユーザー企業のエンジニアとして転職しました。    

―生命保険会社ではどういった仕事を?

当時そのグループには生保が3社あって、その3社の営業支援システムを統合をする開発を担当しました。当時、僕自身のプログラミングのスキルは決して高くなかったんですが、他に技術面に関心がある人が少なかったので、裁量を与えられて結構自由にやらせてもらいました。

営業部長から営業上の課題を聞いてその解決をするための営業支援システムの要件をまとめていったり、複数社のとりまとめ役でプロマネ的な動きをするなかで、開発以外の事業のことやビジネスの楽しさも知ることができたと思います。    

29歳でC向けのWebサービスを運営するプログラマーとして再スタート

―生命保険会社で念願のユーザー企業のエンジニアとして上流の仕事ができたわけですが、たなべさんは29歳の時に携帯向けのWebサービスを運営している会社へ転職します。この決断にはどういった背景があったんですか?

当時(2006年頃)ブログを書いていたんですが、情報発信しているとおのずとインプットされる情報も増えてきます。それでインターネットの会社で働くというキャリアや、Rubyやアジャイル開発といったそれまでに持っていなかった視点を知ったんです。

実際にそれまで自分たちがやってきたやり方でうまくいかないことも多々あって、もっとうまく開発することができるんじゃないかと考えるようになりました。

もう1つはやはり、「今のままのキャリアでいいのか?」という危機感ですね。

当時僕は29歳。SIの会社に入った当初は業界のキャリアパスを無邪気に信じていたのですが、実際にユーザー企業で働いてみるとプロジェクトの問題というのは上流の工程の問題にしてしまって解消するものではないぞというのも理解できてきました。

そうすると、プログラミングのスキルを大して持っていないままプロマネやコンサルとしてのキャリアを歩んでいくのは自分で何もできない人になる危険があると感じていました。それでキャリアを逆振りするならこのタイミングしかないと、ケータイ小説のサービスを運営している会社へ転職しました。    

―それは完全にプログラマーとして?

給与上の等級としてはマネージャーですが、最初は他にサービスを担当している人がいなかったのでユーザーインタビューや企画に関わるところからプログラミング、データセンターでの作業まですべてやっていました。

ケータイ小説のサービスは既に大きなトラフィックがあったものの、技術面では急速に成長したが故の課題があって、それを解決しながらサービスを成長させていくのがミッションでした。その過程でいろいろ失敗もして、学ぶこともたくさんありましたね。

最終的には3名くらいのチームになったんですが、規模的もちょうどよかったと思っています。テストファーストでの開発とか、インフラの構築の自動化だとか、当時自分がやりたかったことを実践できました。    

DeNAで学んだこと

―モバイル向けサービスの開発でエンジニアとしての基盤を固めたたなべさんは個人向け通販会社を経てDeNAに入社されます。

携帯向けのWebサービスの会社はものすごく成長していたんですが、その一方でサービスづくりの再現性というか、成功へのアプローチに疑問も持ちながら働いていました。また自身としてのサービスを伸ばす力の不足も感じていました。

それでECの会社に転職して、サービス立上げに間に合わせるために無茶をしたところを整えていく仕事をしたりしていたんですが、東日本大震災の影響で開発がどんどん縮小してしまって…そのタイミングでDeNAからオファーが届いたんです。

当時のDeNAはプラットフォームが急成長しており、開発環境の整備をこれから進めようという状態でした。自分のキャリアとしてもそれまで開発の現場が混乱しているようなところへ後から入っていって、技術のプラクティスを起点に開発現場をよくしていくという立ち回りが多かったので、面談でもそういったことを話し、モバゲーの開発環境の整備チームに配属されました。    

―モバイルサービスの会社で課題に感じていたというビジネスの再現性の無さは、DeNAではどうでしたか?

会社全体として再現性を担保するプロセスがあるというよりは、突出した能力を持つ個人がたくさんいて、彼らによって新しいサービスが生まれ、支えられているという印象を受けました。

ただ、自分がいた開発環境の整備チームはすごく頼りにされていて充実感もありましたし、遺伝子検査サービスの立ち上げにも携わることができていい経験になりました。

あと、身近に同僚ですごいエンジニアたちが大勢いたので、高トラフィックをさばくための原理だったり、複雑なものをシンプルに設計するための技法だったり、本物のエンジニアはこうして問題を解くのだなというのを見ることができ、エンジニアとしてコアとなるスキルもDeNA時代の4年間で身に付いたと思います。    

35歳でエス・エム・エスの技術責任者に

―DeNAでの4年間の経験を経て、35歳の時にエス・エム・エスに技術責任者としてジョインします。この時の決断の決め手は何だったんでしょう?

DeNAにはハイスキルな人材が揃っていて、その中でスペシャリストとして技術で尖って待遇を上げていくのは自分には向かないと感じていました。また、マネージャーを目指すにしても、当時のDeNAのマネージャーはとにかく大きな組織のマネジメントが求められていました。それは自分のキャリアイメージとは少し違っており、もう少しサービス寄りの立ち位置にいたかったんです。

一方、当時のエス・エム・エスは250名ほどの社員がいて既に上場もしていました。そのようなフェーズで、技術の責任者として開発組織を見直し、ゼロベースで良いので再構築していくというポジションでのオファーを受けました。

「この仕事なら過去の経験も活かせるし、ビジネスと技術のバランスをとったサービス開発ができる環境をつくっていけるのでは」と魅力を感じたのが転職の理由の1つです。もう1つはエス・エム・エスの社長の人柄です。上場企業のトップなのにすごくフラットで面接でも話しやすかった。わからないことはわからないと率直に言うし、疑問に思えば質問をしてくる。

自分を大きく見せることもないし、建前で取り繕うようなところがないんですね。偉そうな言い方ですが、この人となら同僚として気持ちよく働けそうだと感じました。転職経験の中でその企業での自分の上限は経営層が決める部分が出てくると感じていたので、社長が信頼できるというのは僕には大きな後押しでした。    

―エス・エム・エスへ入社されてから今までの4年間、具体的にどんなことに取り組んできたんですか?

会社を内製の技術組織を持つ会社に変えていく活動です。技術組織の戦略立案から組織設計、人材の採用、育成、開発環境の整備や開発チームが回り出すための手助けまで必要なことはすべてやりました。

成長し増えていくサービスに対し、プログラミングができるメンバーを増やしていかなければという状態からのスタートだったので、それなりに大変な面もありましたが、新しい人を採用しながら、今では数十名の組織に成長しました。    

「嫌なことを拾ってくれる人」で終わらないために必要なこと

―これまでのキャリア全体のなかでずっと持ち続けてきた課題意識や悩みはありますか? それを解消した方法があればあわせて教えてください。

特に30歳を超えてからなんですが、「歳をとった時にエンジニアとしてどうやって食べていくんだろう…」とずっとモヤモヤしていました。

プログラミング自体はすごく好きで続けていきたかったんですが、冷静に周りを見渡すと50歳を過ぎてコードを書いている人はいないし、どうやら自分が例外になれそうにもない。「この先どうすればいいんだろう…」と。

もちろんマネージャーとしてのキャリア構築、あるいは開発以外の領域でのキャリア構築という選択肢はあるんですが、当時の自分のように、あくまでサービスをつくる当事者として開発の仕事を続けていきたい人も多いはずです。

ただ、日本にはそれを実現できる会社がほとんどない。それでエス・エム・エスに入る時に「開発者としてサービスづくりをしてキャリアをまっとうできる環境をつくりたい」という個人の思いを話しました。

今の僕はまだまだマネージャーの仕事が中心ですが、この4年間、先ほどお話した会社を内製の技術組織を持つ会社に変える活動を進めてきて、少しずつですが描いていた環境へ近づいて来ていると感じています。    

ー仕事を選ぶ上でこだわってきたこと、大切にしてきたことは何ですか?

ある程度仕事を選んで生きていくためには、まず自分自身へのニーズ、自分自身のバリューが必要なので、常にそれをキープすることですね。楽しく働きたいのはもちろんですけど、自分自身にバリューがなければそんなことも言っていられないし、仕事も選べないので。    

ー自分へのニーズというのはどうやって見つけてきたんですか?

開発の現場のなかだと割合簡単で、人がやりたくないことには確実にニーズがあります。たとえば、テストコードを書くことや自動化の環境整備というのもそうですし、ゴールがはっきりしない状況でチームの向かうところを決めていくというのもそうかもしれません。

ただ、それだけをずっとやっていると結局「嫌なことを拾ってくれる人」で終わってしまうので、自分のコアとなるスキルを身に付ける努力はしてきました。

具体的には、DeNAで学んだ高トラフィック下でも動くソフトウェアをつくるための考え方だったり、様々なレイヤーで疎結合高凝集に設計していくための設計技法だったりが今の自分のコアになっていると思います。

逆に、トレンドになっているフレームワークや言語についての細部はそこまで追いかけていませんし、そのあたりは自分は弱いと思っています。知らないパラダイムのものであったり、必要になってからキャッチアップしていくのに時間がかかるものにまとめて時間をとって学習していることが多いです。    

―今後チャレンジしていきたいことはありますか?

ビジネスの成長とよい開発を両立していくことです。自分自身のキャリアとして、後から混乱している現場に入って技術的な課題を解消する仕事が多かったので、そういう立ち回りの人が必要になる場面をできるだけ減らしたいと思っています。

あれは大事な仕事なんですが、本当はそこに時間をとられることなくサービスの成長や使う人に喜んでもらうことに時間を使いたいんですよね。後から直すのはとても大変なので、最初からそういう問題が生まれないように、日々をうまく開発できるようにしたい。

その点で言うと、今の会社とは相性がいいかもしれません。たとえばECやゲーム、動画サービスといったB2Cのサービスだとビジネスの成長がその時の組織能力を超えた急激な成長を見せ、それに技術組織の体力が追い付かず、負債が生まれてしまうことが多いと思ってます。構造的に難しさがあるんです。

一方、介護や医療、ヘルスケアといった領域のサービスは市場の需要にあわせてあくまで段階的・継続的に大きくなっていきます。ビジネスと技術のバランスがとりやすいんです。    

自分を低く評価してしまっている人に市場のニーズを伝えたい

イベント時の参加者とのメンタリングにおいて、聞き方・話し方についてはどんなこと意識しましたか?

(*以下はkiitokのプレイベントとして対面でメンター陣とキャリアに関する1on1を開催した際のエピソード)

基本的には来てくださる方に寄り添うことです。まず「今日持ち帰りたいものは何ですか?」、「悩みの背景には何があるんですか?」と聞いて、そこから話を掘り下げていきました。

悩んでいるポイントは人それぞれでしたが、共感できる話が多かったですね。自分のキャリアとしても決して満足できることだけをやってきたわけではないので、「それは悔しいよね」と素直に思えるエピソードがたくさんありました。

「悔しい」という感情はその人自身の価値観と紐づいているケースが多いので、そこを起点に足りない部分を僕の方で補足しながら、今後のキャリアについて話をしていきました。    

―足りない部分というのは?

参加者の方が気づいていない点です。こうしたイベントに参加される方は、自分自身を必要以上に低く評価してしまっている人が多いと思います。それに対して市場のニーズを伝えるのが自分の役割だと思っているので、「それはそれでこう評価される」、「他社にはこんなことをやっているエンジニアもいる」といった話をしました。    

―たなべさんご自身は周りからどんな人だと言われますか?

柔軟性があるとか、しなやかとか、あるいは腹黒いとか言われますね(笑)。自分としては決して人間関係に強いタイプではないと思っているので、誤解が生じないように常にストレートなコミュニケーションを心掛けています。それは、ごまかさないという点ではよいところかもしれませんし、「もっとうまく立ち回れたかな…」と思うこともあります。

あとはロジックが先に立つタイプなので、「理屈はわかるけど、感情が追い付かない」と言われることがありますね。たとえば採用面接の際も、「どうしてもあなたが欲しいんです!」みたいな熱い態度をとるのは苦手です。

自分でお会いしてオファーをしているときは本気で来てほしい、一緒に働きたいと思ってオファーしているんですが、どうも伝わりにくいようです(笑)。    

―プライベートはどう過ごされていますか?

プログラミングと音楽ですね。とにかくコードを書いているのが楽しい。創造力があまりないので、あくまで必要に迫られないと作るものを思いつけないのが困っているところなんですが、プライベートでもコードを書いています。あと音楽はジャズでもロックでもなんでも聞きますね。学生時代はCDを買いに行って棚の端から見ていったり試聴をしたりでで3~4時間過ごすのも普通でした。